ここにいること

GRAPEVINE tour 2011@新木場COAST
ネットで初めてできた友達が、バイン友達だった。今はそのほとんどが何をしていて、どこに住んでいて、何が好きなのかよくわからなくなってしまったけれど、まだブログもついったーもない時代、ファンサイトの掲示板で顔も名前も知らない、でも同じ愛情を持つ人たちと夢中で昼も夜もなく語り合った。とんでもなく楽しかった。
なぜかわたしが音頭をとってオフ会をやったこともある。20人近くが東京以外からも集まってくれ、書き込みから人柄はにじみ出るもので、みんな予想通りほんわかとあたたかく楽しい人たちばかりだった。そこで知り合った何人かとはその後各地のライブハウスで会ったり、別の音楽のライブに一緒に行ったりした。どんどん濃密な時間が増え、お互いのパーソナルなことまで話し合うような間柄になった。
西原誠がやめなければ、と今も思うことがある。彼の脱退を機にバインから遠ざかった友達が何人もいた。実際わたしも距離を置くようになり、やがて仲間たちとも縁遠くなってしまった。それぞれ結婚したり引っ越ししたりと転機を迎え、お互いの消息を知る由もなくなってしまった。さみしいけれど、仕方のないことだ。きっともうみんな違うものを好きになっているんだろう。わたしはあのときほど熱心ではないけれど、相変わらずバインの背中をふらふらとついて歩いているよ。一緒に行くあてがなくなった今、誰にも相談せずにぽちりとチケットを買って、開演ぎりぎりに行けばいいやなあ、なんて思ってたら、ふいに昔の友達からメールが来たのだった。
うれしくなってすぐ一緒にライブに行くことを決め、何年かぶりに肩を並べて導かれるまま前のほうでバインを観た。最近2階席やらスタンディングでも後方で寄りかかってばかりで、うっかりするとライブ中に居眠りしてしまうこともあるくらいだったから、とても新鮮だった。相変わらずいちげんさんお断り的なセットリストで、間奏が異様に長くテクニックを見せつける系の曲(言葉悪くてごめんなさいね)(嫌いじゃないんですけどね)をわたしは「パブロフ曲」と呼んでいるのだけど*1それをあろうことか本編で3曲ぐらいやった。正直眠かった。や、かっこよかったけど!なんだか知らないけど「執事を雇いました。加藤といいます。みんなで呼びましょう」「かとうー」「実は加藤じゃなくて工藤なんです。せーの」「くどうー」「工藤でもなくてほんとは佐藤でした」「さとうー」という意味がわからなすぎるコールアンドレスポンスをやらされ、アルバム中心の構成でライブは進んでいき、「もう1曲聴きたいかねー」「いえーい」「電車はあるのかねー」「いえーい」というゆるい煽りでアンコールが始まった。「ツアー中いろんなことがありましてね。ほんとにいろんなことがありました」とかみしめながら田中はつぶやき、それから何も言わずに始まったのが、まさかの「here」だった。

君や家族を 傍にいる彼らを
あの夏を そういう街を
愛せることに今更気付いて

わたしは立ち尽くしてしまった。
家庭を持ち父親になった田中はどんな気持ちで今このhereを歌っているんだろう。「壊れても手を差し伸べる人はいる」と昔と同じように歌詞を替えて歌っても、リリース当時さんざん足を運んだライブのときとはまったく違う、圧倒的な質量の感情が心に流れ込んでくる。泣いてる人がたくさんいた。わたしも泣きそうだった。でも、泣けなかった。感じるべきことが多すぎて、ついていけなくなってしまったから。
昔バンドで弾いたなあ。ついには、そんなどうでもいいことをぼんやりと考えていた。
MCで田中は何も言わなかった。ただ、hereが田中の伝えたい歌だった。やっとその事実がじんわりと沁みてきたころ曲は終わり、田中は「もう1曲やらせてくれ!」と叫んだ。「超える」だった。

今 限界を超える そのくらい言わないと
描き出すもの
愛も欲望も全部絡まっていて

気がついたらすんごい泣いていた。白い光の中で力強く奏でられるメロディに、歌詞に、この曲こそ何度も聴いてきたのにhereとのコンボですごい威力を持ってわたしの胸に迫ってきた。背中を強く平手打ちされたような気分だった。
デビューシングルからずっと追いかけてきたバンドを今でも誇りに思えることのうれしさよ。バインだいすき!って頭沸きながら何度だって叫べる。そんなことしたってたいして売れないくせにアンコールだと白シャツ脱ぎ捨ててTシャツ姿になっちゃう田中をちょっと残念に思いながら、でもわたしにとってあなたは永遠のロックンロールスターだとまた確信してしまった。
今回、ほんとうだったらはじめてひとりでバインを聴かなくちゃいけないはずだった。ずっと一緒に聴いていた人とわかれて思い出に直面しなきゃいけなかったのに、それより昔の友達と肩を並べて観ることができた。ありがとう神様ってやさしい。すごく残酷だけど、たまにすごくやさしい。

*1:パブロフドッグとハムスターって曲がその代表的な曲だから