カンシャからのザンゲ

バタバタしています。
特に大きく生活が変わったわけではないですが、オットの人の親戚が多いので、挨拶に行ったりご両親を新居に招待したりと、親戚が極端に少なく内向的なわたしにはなかなかの試練が続いています。しかもみんな楽しそうにお酒を飲むもんだから、下戸のわたしはうらやましくてしょうがない。おとうさんに「うちのおかあさんも最初は弱かったんだから、飲んでれば飲めるようになるよ」と言われ、「お酒の味そのものが好きじゃないんですよう」と涙目で答えてしまいました。大人げない。だってわたしだけ麦茶なんだもの。みんないい気分なのにわたしだけシラフ。まあずっとそんな人生でしたけど、ちょっと切なかったというお話です。
でも、みなさんとても優しくて楽しい人ばかりなので、カクシツとかそういうものとは無縁の毎日です。ほんとうによかった。オットの人もよく立ち働いてくれて助かっています。そういうところはうちのおとうちゃんのようで、少し目を細めてしまいます。
まだ式が未定なので、どういうふうに友達や知り合いにお知らせしていいのかわからなくて、こことついったーと放置しまくりのフェイスブックだけでひっそりとお知らせしたところ、予想を上回る多くのみなさまからお祝いコメントをいただき、わたくし涙ちょろりしてしまいました。あの憧れのツイートをしてみたいという幼稚な気持ちで「入籍なう」とぶっきらぼうにつぶやいただけなのに、返事しきれないほどたくさんのコメントを、ここではたくさんの★やマカロンをいただいて、おおげさだけど、生きててよかったなあとしみじみしてしまったのです。
と同時に、我が身を振り返るのです。わたしが絶望の底に落ちていたときに、友人にお祝いごとが連続したことがありました。正直、そのさまをわたしは直視できませんでした。おめでとうと打つ指が震えて、それから距離を置いてしまったことも。やっと地上に出ることができた今振り返ると、ほんとうに懺悔の気持ちにさいなまれるけれど、でもわたしはあの時そうすることでしか自分の身を守ることができなかったのも事実です。もう今では取り返しがつかないけれど、ほんとうに申し訳なかったと思っています。遅いかもしれないけど、あの頃言いそびれてしまった彼女たちに、大声でおめでとうと言いたいです。
暗く長いトンネルをやっと出たと思ったのだけど、今でもときどき些細なことでものすごくイライラして、そんな自分を許せなくて暗い気持ちになって、どうしたらわからないほど落ち込んでしまうことがまだあるのです。こないだまた穴を掘って叫ぶ的な文章をバーッと書いてアップしようと思ったんだけど、人が減ったため仕事が忙しくなってヒマがなくなり、何日か過ごしているうちにそんな気持ちも霧散してどうでもよくなったので、またお目汚しすることもなく結果オーライで落ち着きました。よかった。人は忘却する生き物でほんとうによかった。
根が深いなあと思います。でも、それでいいんだと思います。良かれ悪しかれ、境遇が変わるたびに違う種類の悩みがつきまとうものなんです、きっと。仕事が多けりゃ愚痴こぼし、仕事が少なけりゃ嘆くのです。人はそういう生き物なんです。図らずも自己啓発本みたいなことを書いてしまってすごい気持ち悪いんですけど、そういうもんなんです!自分に言い聞かせたら思いのほかすっきりしました。猛暑にもかかわらず食欲が落ちないのはDNAにそう刻まれているからです!そういうもんなんです!だったらしょうがない!食べるぞー!!!