欠けたり満ちたり

実際、そんなに期待はしてなかった。179年ぶりだの次は300年だの900年だのと気の遠くなるような数字を出されて、その頃にはもう誰もいないという妙な安心感を覚えただけだった。
加えて、予報は曇。大掛かりな中継体制をしくマスコミや日食グラスの売れ行きに、どうすんだろうね曇どころか雨降っちゃったら。かわいそうだね。そんなふうに、どこか遠くのできごとみたいな気持ちでいた。
金環日食プロポーズだって。なんつうロマンチックビジネス。へえーとしか思わないけど、それが結婚の後押しになるならいいことなんじゃないの。わたしと太陽の距離くらい遠い遠い話だ。そんな記念の日に結婚決めるんなら、せめて幸せになりなよ。別れたりするんじゃないよ、絶対。
それでも、わたしは日食グラス買わなきゃなあと思っていた。買うきっかけを逸していて、でもそれなりに値段するんだなあ、どうしようかなあ、そう思っていたら、金曜日に会社でもらうことができた。やった!これvixenのいいやつだ!
テンションが少し上がって、晴れるよう積極的に祈るようになった。誰かと日食を見たいと思って、日曜の夜は実家に帰った。父親は朝早くゴルフに出かけたらしく、わたしは母親とベランダで待機した。カレンダーにでかでかと「金環日食 179年ぶり」と書いていた父親が見られないという不幸。でもその日にゴルフ入れるほうが悪いと思います。
ワイドショーはどこもお祭り騒ぎだった。誰もが厚い雲をうらめしく思い、祈りましょう!と口にしていた。
その時間が刻々と近づいてくる。最初、日食グラスのレンズがあまりに暗くて太陽を探せなくて、肉眼であたりをつけてから覗いていたので、若干目にダメージを負った。母もダメージを負っていた。いちばんやっちゃいけないパターンだ。曇だからよくわからないけど、だんだん太陽の光が弱ってきて心なしか気温も下がってきた気がする。おひさまってすごい!
ああ、雲がね。やっぱり惜しいね。お台場での様子を耳だけで聞きながらずっと覗いていたら、ふとした瞬間にきれいな金色の輪っかが見えた。見えた!見えたよ!!ずっと雲が邪魔してたのに、金環になったらどいてくれたよ!空気読んでる空!ありがとう!やさしい!
母親は父親が用意していた(自分は見られないのに)少し安い日食グラスで四苦八苦していたけれど、無事見えたようだった。すごいね。ほんとうに輪っかだね。ふたりできゃあきゃあ言った。マンションの他の部屋からも「見えたー!」という女児の声が聞こえてきた。ちょうど登校途中の学生たちは、まったく興味なさそうに空も見上げず普通に道を行き交っている。えっみんな今日金環日食って知らないの?大声で叫びたかった。ねえ今!金環になってる!輪っかに!なってるってば!
めざましテレビに生出演していたスマップのキムラ氏がこう言っていた。
「正直なこと言っていいですか。俺、最初そんなに興味なかったんですよ。でも吾郎とも話してたんですけど、実際見たらすっげー!ってテンションが上がって。見られてよかったです」
まったく同じ気持ちだよたっきゅん!
各地の中継がつながる。渋谷も、新宿も、行ったこともない遠くの街でも、たくさんの人が日食グラスを片手に空を仰いでいた。
みんなが空を見上げている光景は、なんだかとても平和で幸せだ。
金環はとうにすぎたのに、わたしは名残惜しくてすこしずつふくらんでいく太陽をずっと見ていた。300年後の人たちはどんなふうにして日食を迎えるんだろう。月から中継とかしちゃったりするんだろうか。まったく見当がつかないけれど、日食前より少し未来が好きになった。300年前の人はどんなふうにして日食を見たんだろうと、未来の人が想像してくれたらうれしいなと思った。
わたしの未来を楽しくしてくれる人やことを随時募集中です!基本的に他力本願寺だぜ!!