志の輔らくご

WOWOWで観たことはあったけど、生は初めて。母親も観たいというので親孝行も兼ねてチケットを取った。平日しか狙わなかったのに第二希望に回されたよ……噂通りの激戦!取れただけでも御の字。母親が初春気分を味わいたいというので幕開いて2日目に行ってきました。
ステージの上に座布団が一枚。ただそれだけの、シンプルな空間。そこにたった1人の口から壮大な物語が生まれる。家財道具をすべて描いてもらった男の家に盗みに入った泥棒が盗んだつもりになる雪舟の絵みたいな珍騒動、町内会の福引きにまつわる悲喜こもごも、伊能忠敬大河ドラマの主人公にしてもらおうと東奔西走する千葉・佐倉市の職員の話。わたしの目に映るのは志の輔ひとりなのに、主人公の情けない顔や寒そうに吐く白い息や、殿の御前に広げられた日本地図の筆致が、映画を見ているかのように脳裏に立ち上がってくるのだ。全部見える、ひとりが何人も演じ分けているのに、ためしてガッテンペヤングの人なのに、すべての人物が愛おしく、人間って素晴らしいなあと思ってしまうほどに。
こんな独自の文化を持つ日本人は、世界的に見ても創造力、想像力ともに秀でているのではないだろうか。恥ずかしいことにわたしはあまり落語に触れたことがなくて、小さい頃に桂枝雀の落語が好きだったことと、タイガー&ドラゴンのDVDボックスを買ってしまう程度で寄席にも独演会にも行ったことがないのだけど、こんなにも、こんなにも引きつけられるとは思わなかった。普通の芝居ではたまに眠くなっちゃうのに、3時間、一度たりとも集中力が途切れさせることなくその世界に没頭することができた。伊能忠敬の話のときに講談に使うみたいな台が出てきて不思議に思っていたら「忠臣蔵でも大石内蔵助を取り上げるのは講談で、討ち入りの前に逃げちゃった隊士を取り上げるのが落語。講談はヒーローを語るけれど、落語が描くのは常に落ちこぼれや弱者なんです」という話が出たときに、だからこんなに物語が愛しいのだと腑に落ちたのだった。
「来年も取ってね、絶対」と母親に言われた。母親はわたしがいつまでも独り身でいることをよくチクチクと言うけれど、それでもこうやって一緒に外出できるのがうれしいと言う。一緒にいると煩わしく思うことが大人になった今でもまだよくあるけれど、同じものを観て、同じように感じられる関係になれていることがわたしもうれしかった。いちばんの親孝行がまだできそうにないから、せめてこれが孝行になっていればと願う。