迷子になるわ

五反田団「迷子になるわ」@東京芸術劇場小ホール1
作・演出:前田司郎
出演:伊東沙保 大山雄史 後藤飛鳥 前田司郎 宮部純子

名前だけは知ってる。なんか、静かな演劇っぽい。青年団みたいな。観たことないけど。あと、名前の響きがいいよね。ごたんだだん。だだん。だんだだん。
そんな知識しかなかった。むしろ、そんなのは知識でもなんでもないので、無に近い状態で池袋の芸劇に向かった。ついったーでやたら高評価なのを聞いて、今観ないでどうすると衝動的にチケットを取ったのだった。友達が「20代後半〜30代のこじらせている女の人にぜひ観てもらいたい」と書いていた、それがいちばんの動機だった。こじらせていると、わたしは激しく自覚している。それでも初めての劇団は少し緊張する。前日にBSで「さようなら僕の小さな名声」を観ていて、それがなんとも不思議な味わいで面白かったので、期待値は正直上がっていた。
カフェで話をしている女の人がふたり。姉妹のよう。姉を呼び出した理由を妹は言葉を濁してなかなか語らない。「理由は、ない。ないっていうか、なんかもやもやする。もやもやするけど、別に嫌なことがあるわけじゃなくて、何がわからないのかわからない」ちっとも要領を得ないままうねうねと話すが、少し言い合いになると妹が「お姉ちゃんって実在してないじゃん。帰って」と激昂する。姉は「あ、そうか。私って実在してないんだよね」とふらふらと帰っていく。
あらすじなんて書けないのだ。
30歳の女子が不倫相手と別れ、ひとり暮らしを始め、恋人にプロポーズされるけれど断ってしまい、ふらふらと人生の迷子になる話。いつも、気付けば東京タワーを見上げている。あそこにのぼれば、何か見つけられるかな。それだけの話。
それだけの話が、今のわたしのすべてを物語っていた。こわい。前田さんこわい。なんでこんな話をリアルに描けるの。男の人なのに。
30でひとり暮らしを始める娘に母「無理してひとり暮らししなくてもいいのよ」娘「や、でもそういうことしてみたい年頃っていうか」父「そういうのはもっと早くやってるはずだろう」娘「……」父「好きなことをやればいいよ。それがおまえの幸せなんだから」*1
どうして前田さんはピヨ丸家のことを知っているの。わたしは30でひとり暮らしをはじめ、まったく同じことを両親に言われたよ。「孫の顔が見たいわねえ」そんなことしょっちゅう言われているよ。主人公がなぜひとり暮らしを始めたのか、そしてなぜ架空の姉がいるのか、全部すぐにわかったよ。わたしの場合、姉じゃないけどマインドBがいる。わたしがこんがらがるとすっと現れて「あんまり深く考えすぎないほうがいいよ」「あんたより不幸な人なんてたっくさんいるんだよ」って言ってくる。わたしはそれにうなずいたり、あっち行けって追い払ったりしてる。何度ぞんざいに扱っても彼女はちゃんとわたしのもとに帰ってくる。
わたしは曲解していた。最初「迷子になるわ」は、「迷子にな(っちゃって困)るわ」という意味だと思っていた。でも案外「(あえて)迷子になるわ」なのかもしれないな、と見終わってぼんやりと思った。こじれた気持ちを抱えてここまで来てしまったという途方に暮れた気持ちは、もしかしたらあえて迷子になった自分が招いたことなのかもなあ。そういう生き方しかできないんじゃなくて、そういう生き方を選んでここまできちゃったのかもなあ。それが「自分」ってことなんだろうなあ。
ラスト。主人公が東京タワーに飛びついて、何かにすがるように一生懸命のぼろうとする。架空のおねえちゃんが「危ないよ、よしなって」と言う。ああ、胸のやわらかいところがじゅくじゅくいってる。なんの解決もない、迷子になったまま彼女はふらふらとさまよっていくのだろう。救いがない、それが現実だから。安っぽいハッピーエンドなんかがぶら下がってなくてよかった。
観に行った同じ世代ぐらいの女子は、みんな「わたしのこと観てるみたいだった」と言っている。よく考えればそうだよ、20代そこそこで結婚して幸せな家庭築いてるリア充は、五反田団なんて知らないよ。そもそも演劇なんて観もしないよ。わたしたちは欠けているから演劇を観るんじゃないか。吸い寄せられていくんじゃないか。伴侶を得て子どもを産んだら、痛みを伴う演劇なんて必要ないんだよきっと。
なんて思ってしまうのはひがみだろうか。
すいませんね。自分でもまとまってないんです。あれから2日も経ってるのに、まだ消化しきれずにぐるぐるが消えないんだ。このお芝居のあと用事があって浜松町の駅を降りたら、目の前に大きな東京タワー。なにこの偶然。なんなのよ、わたしを涙目にして楽しい!?って。ちょっと笑っちゃったよ。こういうことってあるんだね。
最後に俗っぽいことをひとつ。主人公のお姉ちゃん役の女優さんが、バナナマン日村さんに見えて困りました。ごめんなさい。でもすごく似てたんだもの!ちょっとあごを上げ気味に立つのも、髪型も顔のラインも、あと受け答えの仕方とか日村さんぽくて!ごめんなさーい!あと主人公の女優さん、わーっとなるリアクションの感じとかがしょこたんに似てるなあと思ってしまった。物語にノックダウンされつつもそういうとこは冷静に観てる。リアル。日常もそう。ちょう深刻な話してるのにすごいどうでもいいことを考えてたりとか。芝居でも別れ話してるのに相手の男が虫を追っ払ってて、それに彼女が腹を立てるとかすごいリアルだなーって。
おもしろかった、という表現はちがうな。ババロアみたいになってるところに、スプーンをさくっとさし込まれた感じ。感受性がバカみたいに鋭くなってる今、観られてよかったと思う。いつか笑い話になればいいな。

*1:だいたいこんなようなセリフ