後ろ向きな希望

人生ベストテン (講談社文庫)

人生ベストテン (講談社文庫)

電車に乗るとたまに思う。車内にいるひとりひとり、みんなそれぞれ帰る場所があって、車窓から見えるすべての家の灯りに、それぞれの人生がある。こんなにたくさん人がいるのに、全部ちがう物語がここにある。言葉も交わさない、顔もよく見ない、ただ同じ電車に乗り合わせただけだけれど、それはなんだか奇跡のような気がしてしまうのだ。
この人の小説は、過剰に感情移入、自己投影してしまう癖のあるわたしには酷であることが多い。まったく共感できないものも中にはあるけれど、流されやすく、はっきりとした意志を持たず、すべてをなあなあにしてしまいがちなわたしにはリアルすぎて、読後感がすこぶる悪くなる。でも、わかっていながらむさぼるように読んでしまい、本を閉じては濁ったため息を吐き出す。その繰り返し。これは「ドエムですから〜」とかいう理屈ではもはや説明のつかないタチの悪さだ。
「流転」の物語ならまだいいが、ひたすらに「流される」物語だ。そして最後、ほんのわずかな希望、それを希望と呼んでいいのかわからないけど、小さな灯りがともる。相手を、自分を傷つけまいと大切なことから遠ざかり続けていたわたしは、そこにすがるような気持ちになる。逃げてばかりじゃいけないんだよねと、わたしにしては殊勝なことを思ったりする。聖人君子の物語を読んでもそんな気持ちにはなりっこない、流されて気の向くまま生きて、気がついたら小さな路地に閉じこめられていた人たちの人生が、わたしの希望になる。闇の中から立ち上る、淡い陽炎のような希望だ。
そしてわたしは、再び同じ電車に乗り合わせた人たちの人生を思う。上司に叱られ、恋人とケンカし、自分の将来をうまく思い描けない人が、わたしのすぐ隣にいるかもしれない。それぞれの悩みを持ち、それぞれの家に帰り、それぞれの部屋で眠る。たったそれだけの、ごく当たり前の事実が、なぜか少し心強く感じる。週末こそは、あの人とちゃんと話をしよう。そう思いながら眠ろう。たとえ明日になって、また決意が揺らいでいたとしても。