春琴

世田谷パブリックシアター+コンプリシテ共同制作
『春琴(しゅんきん)』
谷崎潤一郎春琴抄」「陰翳礼讃」より
[演出] サイモン・マクバーニー
[出演] 深津絵里、チョウソンハ、ヨシ笈田/立石凉子宮本裕子、麻生花帆、望月康代、瑞木健太郎、高田惠篤/本條秀太郎(三味線)
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/02/post_103.html

目眩がした。
呼吸が、浅くなる。息をしていることを忘れそうになって、ときどき大きく空気を吸い込む。そしてまた、私は劇場の闇の一部になる。
なんと贅沢な空間だ、と思う。この演劇を構成するすべてのものが、研ぎ澄まされている。どこまでもシンプルで静謐な舞台なのに、どこまでも豊潤な香りに満ちている。
寒くないのに、寒気がする。光と闇、静と動、そして鮮烈なまでの官能に、脳が揺れる。
この舞台を、私は私の持つ陳腐な言葉で形容したくないと思う。どんな舞台であったか、本当は克明に伝えたい。しかし、この心の震えを色褪せさせたくはない。
ものすごい数の立ち見客と、鳴りやまない拍手。4回のカーテンコール。目を潤ませ、感無量の表情の役者たち。それがすべてだ。5年前にエレファント・バニッシュに出逢えていた自分を褒めたいと思う。サイモン・マクバーニーという鬼才に出逢えた自分を、誇りに思う。
劇場を出て、しびれる神経と戦いながら、別の日に春琴を観ていた友達にメールを打った。彼女はこの舞台の後遺症に悩まされ、体調を壊し、悪夢ばかりを見ると言う。気をつけてね、と彼女はカッコの中で笑っていた。
余韻、という生半可なものではない。田園都市線に乗って、山手線に乗って、ぼーっと広告を眺めていたら、不意に視界が歪んだ。ああ、もう、劇場を出て30分は経っているのに、涙が。
すべてのシーンが視界の裏に焼き付いて、消えない。消えない。消えない。