めがね

お腹が空いてるひとや眠くてたまらないひとは、じゅうぶんお腹を睡眠を満たしてからご鑑賞ください。ディス・イズ・ベリースローライフ・ムービー。
「梅はその日の難のがれ」
この映画を観てから、わたしは呪文のように毎朝この言葉を唱えながら梅干を食べるようになりました。梅干の酸っぱさがきゅーんと胃に響いて、なんとなく今日という日を無事に乗り切れそうな気合いを入れてくれます。物語終盤でタエコがその言葉を噛み締めて口に放り込んだように、わたしも大口を開けて酸味を取り込みます。
即感動、即号泣、そんな効果はこの映画にはありません。かもめ食堂の方が、まだあったかもしれない。めがねはほんとうにゆるりと時間が進みます。無音の時間が多いから、うとうとしてしまうのも無理はない。でも、おいしいご飯、きれいな景色、そこに集まる人々(お互いの詮索をしないところも含め)の表情を見ていると、じんわりとその効能が現れてくるのです。言葉のないところから立ち上る安心感、みたいなものでしょうか。
登場人物は、時折はっとするようなことをつぶやきます。閉じているタエコが開く瞬間を目の当たりにするとともに、スクリーンのこちら側の空気も少し変わるような錯覚に陥ります。でも、いちばん心に沁みるのは台詞とかではなく、そこに暮らす人々の何気ないしぐさ。サクラさんの三輪車にタエコが揺られて遠ざかっていくあのシーンは、ここ何年か見た映画の中でベスト3に入るほどの名シーンだと思います。急に鼻の奥がツーンとしたので、ちょっと面食らってしまった。この映画でそんなふうになるとは思わなかったから。ドナドナドーナドーナ、子牛をのーせーてー。タエコはそんなふうに心のうちで歌っていたりするのかな、そんなことを考えながら。サクラさんが小豆を静かに煮るところもすきです。わけもなくそこにしゃがみこんで、泣きじゃくりたい気分になったり。
加瀬くんがなかなか出てこないのであせりました。やっと出てきたと思ったら、ドイツ語の文章を長く暗誦して、先に帰ってゆきました。あのドイツ語はどういう意味だったのか、パンフレットを買っていないのでわかりません。詰めが甘い。
なんてことはないのです。でも、なんてことないからこそ湧き上がる感情もある。癒しの映画とひと言で片付けるのは簡単だけど、もうちょっと深いものを感じます。そう、感受性の強さを試されるような。ここにあるのは安易な癒しではない、ただ単に与論島ステキだな、疲れたからちょっと行ってみたいな、そんな簡単なことではないと思うのです。あなたはどこまでこの映画からナニカを感じ取れますか?そんなことを問われているような気分に、少しだけなりました。涙が出るほど揺さぶられてしまったなんて、すっかり大人になってしまった証拠なのでしょうか。
スタッフロールのオフショットがとてもすてきです。ふしぎな踊りはやっぱり珍しいキノコの伊藤さんが振り付けをしていました!当たった!そして音楽は金ちゃんでした。びっくりした。米米の金子さんのことですよ。そしてロブスターを食べたくなりました。レッドロブスターってファミレス、まだあるのかしら。